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『その名を暴け』にみるメディア戦略の戦慄

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すでに、このブログで3回にわたって言及されているノンフィクション『その名を暴け』(新潮社)。アメリカ「ニューヨーク・タイムス」の記者ジョディとミーガンが、ハリウッドの大物プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタインによる性暴力の事実を綿密な調査報道により明らかにするまでとその後を描いたものだ。みっちりと文字が詰まった400ページを超える本書を、わたしも息をつめて読み、被害者の勇気とふたりのジャーナリストの報道への使命感に胸打たれたのだが、別の意味でひどく驚愕した箇所があった。

 

それは、長年にわたる性暴力を「なかったこと」にしたいと目論むワインスタインが雇った弁護士が、ワインスタインに示した戦略のリストだ。ここでターゲットになっているのは、性被害をツイッターで告発した女優ローズ・マッゴーワン。弁護士が、雇い主であるワインスタインに提案したのは次のようなことだ。

 

(1)マッゴーワンに友好的な接触を試みて、つながりができたら「ウィン・ウィン」の関係を築く。彼女がなにを求めているか(たとえば、映画の監督をするなど?)が重要。

(2)ネット上で反撃をおこない、マッゴーワンが病的な嘘つきだと主張する。人々がグーグルで検索するときに最初にヒットするその記事により、彼女の信用はがた落ちになる。

(3)弁護士から、攻撃を止めろという停止通告書を出し、ワインスタインとの契約違反だと警告する。ただし、その通告書がネット上にアップされると、炎上し反発を買うリスクがある。

(4)機先を制して公の取材を受ける。そこで、根拠のないひどい噂に心を痛めている、彼女とのことは合意に基づいた行為だったと強調しつつも、傷つけた人に対して深い悔恨の意を表明する。最初に自ら罪を認めることで世間から高評価が得られる。

(5)ワインスタイン基金を創設し、映画界の男女平等に力を入れる。あるいは、ワインスタイン基準を創設し、全映画の3分の1は女性の監督と脚本家に任せ、自分の支配下にあるすべての映画に、具体的なやり方で男女平等に関する基準を設けると公表する。

(6)好意的な評判を手に入れるために、懇意のSEO検索エンジン最適化〕対策会社に依頼する。その手法は、好意的な記事を「ファイアウォール」にするようにバックリンク〔ほかのサイトからリンクされること。リンクされた量と質が検索順位に影響する〕すること。これで否定的な記事はグーグルのランキングに出てこなくなる。グーグルの最初のページを見た人の95%は、次のページへは行かない。

 

インターネットの画期性には疑いがないが、発信された情報の信憑性をみきわめることは容易ではない。わたしが見ている情報の大半はわたしが好ましいと感じた枠組みで選別されたものだし、ランキングで上位に上がる情報も、お金の力でその位置を得ているかもしれない。わたしたちの気まぐれな好奇心や怒りや、ある種の“正義感”がどのように作用し、操作されうるものなのか、なんともやっかいなものであることを思い知らされる。

 

このリストを作った弁護士リサ・ブルームが、フェミニストとして名高い弁護士の娘で、過去には大統領候補だったトランプへの告発者の代理人を務めたこともあるというのは実に皮肉であり、訴訟社会アメリカを思わせる。本書には、ワインスタインが彼女に手付金として5万ドル振り込んだことや、秘密探偵を使って情報を集めたり、関係者に接触していたりしたことなども明らかにしている。ワインスタインの会社ぐるみの不正揉み消しを粘り強く調査し、報道に漕ぎ着ける記者たちの使命感と力量に感服してしまう。

 

調査報道の力量は望むべくもないわたしたちだけれど、発信する情報については複数の目で内容や表現を吟味し、誤りのないものになるよう今後も努めていこう。またAさんの裁判の行方が、同時にこの社会全体の性暴力をなくすことに通じていると信じて関わっていきたい。

 

(山家直子 出版ネッツ

 

『その名を暴け

──#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』

原題『SHE SAID

ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー 著

古屋美登里 訳

新潮社

 

 

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